ニューヨーク生まれニューヨーク育ちの若い才能ある美しい子と少しだけ話したことがある。 彼女の作品は素晴らしかった。 それは言葉が通じなくても、文を読まなくても、誰かに太鼓判を押されなくても みんなが彼女を素晴らしいと思っていた。 彼女の笑顔はなんの一片の不安もないような笑顔に見えた。 世界には やるべきところに、やるべき人が、許される人がいるのを知って、 日本の田舎から、この日のためにバイトを休んで大荷物でやってきた、拙い英語を話す私はすこし思い知った。 と同時に 地元の田舎のヤンキーが頭に浮かんできた。 それが、なぜかすごく眩しく思えた。 私の中学生時代は、中学校がすごく荒れていた。 ヤンキーはなんの一片のかげりもない笑顔をする。それはすごいよ。地元で生まれ、地元で育ち、地元サイコーとか言って、本当に楽しみ尽くす。 色々悪いこともしたりするけど、生まれたところで、勉強できるとか、スポーツできるとかの、人からや、評価のからのジャッジに頼らず自己を作っている。地元サイコーだという。 なんかそれに似てたんだ。 生まれたところで咲くみたいな。そして一片のかげりもない笑顔。 中学生の私は、紛れるようにルーズソックスを穿いて、スカートを短くした。どこかここではない、遠くの世界へと思っていた。そして遠くの世界で、またここに繋がっていたんだ。
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