• Shimauchi Mika

南嶌先生について  1


私は南嶌先生のいわゆる学校などでの教え子ではない。先生と呼ぶのは、広い意味の先生だ。 熊本市現代美術館に足を運んでいた、私がまだ美術をまだやり始めたころに、若い南嶌宏先生が館長としてやってきた。 なんか、かっこいい感じがした。 先生もそうだけど、やってる展示が、見たこともない、かっこいいものばかりだった。玉ねぎをひたすら食べるパフォーマンス、展示室をひたすら舐めるパフォーマンス。そもそも15歳やそこらのとき、私は現代美術なんか興味がなかったのに、それを見てしまったばかりに、かっこいいからやってみようと思った。 わたしは、いつか、自分の作品をこの人に見てほしいと思った。 そして、何年かたった頃、突然電話がきた。 「美術評論家の南嶌宏です」 それは香梅アートアワードの奨励賞受賞の知らせだった。 私は当時、あんまりにも力不足だった。 ラッキーは、計り知れないけれど、それをきっかけにいろいろな作家として貴重な機会に恵まれた。

私も南嶌先生も双子だった。 話を元に戻す。 でも実は、私は2013年の授賞式から先生が亡くなった2016年まで、年に何度か会うのみで、実はそこまで先生のことを深く知らなかった。 先生が亡くなった後、私はいろいろな図書館に行った。先生の本を探して、手当たり次第に読んだ。 自分が浅ましいと思った。 もっと先生が生きているあいだに読んで、なにかもっと、話したかった。私はなんでも、後手になる。 でも不思議なもので、図書館で本をよんでいるうちに、先生から言われた。忘れていた言葉が思い出された。 「しまうちの言葉は面白い。」 この言葉は私のレセプションなんかの時に言われた言葉だ。私は、しどろもどろに話していたし、その割には、いつもメモを書いてきたりしない奴だったから、からかってるのかなと思った。 「私、話すの下手です。」 「話すのが下手なのはわかってる。文章を書くんだ。」 それで、私は今書いている。先生は新聞かなんかに書けといったけど、まだそれはできてない。 ひどい文章なんだけど。 押入れでピアノの発表会をするようなやり方だけど。 南嶌先生について2 につづく


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